関西ジャニーズJr.卒業の日。

 

自担の藤原丈一郎くんが明日、CDデビューします。

今日は丈くんが17年8ヶ月過ごしてきた関西ジャニーズJr.最後の日。私にとってはきっと今日がJr.担最後の日。

明日から気持ち晴れ晴れデビュー担になるために、今日は5年振りになってしまったこのブログで、ブログに綴っていなかった5年間の思い出を振り返りながら、想いを消化させていくブログにしてみようと思います。

 

 

 

前回のブログ以降の話。16年の夏は丈くんひとりが前に出て、私は複雑な想いを抱えていたらしい。でもやっぱり自担が前に出ることは嬉しくて。そのあとほんっとに藤原担楽しかった!!!もしも私がタイムマシーンに乗れるなら絶対16年秋〜17年春を選ぶ。(次点でBコン。その次はアオハル。)

そのはじまりがジャニーズフューチャーアイランド、通称ジャニフワ。博多座ではじまった公演、まずひと足先に出演した関ジュメンバーが康二龍太丈橋リチャ。そして大阪公演でも関ジュのメイン。めちゃくちゃ震えた。だって事前に公開されてたポスターには丈くんの顔は載っていなかったんだもん。実際に公演に入って、丈くんが1列目で輝いてた。丈くんのダンスがジャニーズの舞台にハマりまくってて最高でしかなかったなあ。また絶対にこういう舞台に出てほしい。

そして16年クリパ 。Beat of Lifeがめちゃくちゃ好きだったし地獄の3部作もダンスを堪能できて幸せだったな〜。休演日なしで本当にみんな頑張ったよね(泣)か〜ら〜の〜、24魂!!!なうぇすと!!!たくさんバックで踊らせてもらって、関西Jr.だけで曲もやらせてもらえて。WESTのコンサートだからもちろんJr.担は少なくて、たくさん見てもらえた。funky担でいられることが本当に幸せだった(泣)めっっちゃ楽しかったなあ(泣)

続く17年春松竹では、スタタン主要メンバーに入ることが発表されて、おみハピでソロパートをもらった。そして、このときの春松竹で私がいちばん印象に残っているのがSHOW&SHOW。 “掴み取れNo.1 世界変えるのは俺たちなのさ” って、松竹座の1列目で歌っている姿が見たことないくらいキラッキラに輝いていて。今でもあの一瞬の映像が頭から離れない。世界変えてくれ、あなたがメインになってくれ、って願ってた。

この頃の丈くんは、寝取られ宗介を経て今までより自信をつけたことで少しずつ前向きな発言も増えてた。某紙のfunkyメンバー座談会の中で、丈くんの口から“デビュー”という単語が出たのもこの頃だった。すっごく驚いたと同時に嬉しくてたまらなかったなあ。

 

 

 

その後なにわ結成までの1年半位は、前より色んなお仕事をさせてもらえるようになって。大橋くんと2人で主演舞台までやって。丈くんが以前よりも評価されてることを実感するようになった。ただ、関西Jr.内の序列は①メイン4人、②トリオ(道枝高橋長尾)、そして③は丈橋か?それともあの子たちか?という状況で。どっちがグッズ出るかとか立ち位置はとか、そんなことをすごく気にしてた。ここに入らなければもう終わりが近づいてるんじゃないかって不安で。そんな中、丈くんが大学卒業後もジャニーズに残ってくれたことは私の中で大きな救いだった。

このとき、扱いの差はあれどもちろんfunky8というくくりは存在していて。私も丈くんがのびのびいられるfunky8という場所が大好きだった。だけど、正直に言うと公式ユニット化には反対だった。先輩のコンサートで名前が出されたと聞いたときも、気が気じゃなかった。丈橋以外のメンバーが生き生きと8人での目標を掲げてくれる度に胸が苦しかった。丈橋が8人でどうこうなりたいと思っていないことは、私も周りの丈橋担も気付いていたし、もしもこの8人が正式にユニットになっていたとしたら、それはもうこれ以上上にはあがれないってことだと思ってた。今だって8人のことが大好きでたまらないけれど。それが現実だった。私の中で、西畑大吾さんはいつかデビューすると思っていて、そのグループに入れなければきっとデビューはないだろうと推測してた。そして、もしも奇跡が起こるなら大西畑と同じユニットになってほしいと思ってた。(ここでこっそり言うけれどD誌18年5月号の5人の組み合わせがすごく自分の中でしっくりきて、見た瞬間これだ!!!と思ってたな。)

 

 

 

 

 

2018年10月4日、ついになにわ男子結成の知らせ。前述の奇跡が起こってしまったので私の気持ちはポジティブだった。

丈くんが1列目で踊れる日がきっと来る。ずっと1列目に立ち続けてきた人を超えられるかも。ってわくわくしてた。実際そうなったし。アンチはひどかったけれど、勝手に言っておけって思ってた。丈くんが前向きにきらきら頑張っていたからそう思えたし、もしかしたらこれは夢みてもいいんじゃないかなって希望を感じてた。

ジャニーズWESTがデビューして、なにきんのうち3人が関西からいなくなり、関西Jr.内は正式ユニットが消滅した。しばらくは個人戦になって、本人たちもおたくも先が見えなかった。でも、そんな状況が実は良い方向に働いていた人もいて。それが丈橋なんじゃないかと私は思ってる。しょうれんがいなくなってすぐにユニットを組まされていたとしたら、きっと今ここに丈くんはいない。ここまでユニットができなかったことはある意味とてもラッキーだった。

 

 

 

あすかな新規が大量につきはじめた19年春~関ジュ京セラまで。メディアへのJr.露出が急激に増えて、現場ラッシュでもあった。丈くんに会える日がたくさんあって、幸せだったなあ。と同時に、Jr.担界隈では誰かデビューするのでは?みたいな空気がずっと漂っていて、いつもそれを意識させられるのがほんっとしんどかった。。。それに加えてなにわ男子の急激な人気上昇。わけがわからないまま、着いていくのに必死だった。

人気が出てきたことで、それまでのヲタク人生で感じてこなかった自分の中の嫌な感情も見えてきた。“丈くんが目標を叶えていく姿が見たい”、“丈くんが喜んでいる顔が見たい”と思う超絶ピュア人格な私がいる一方で、ジャニーズはあくまで私が楽しむためのコンテンツで、“あの頃みたいに名前団扇持ったら気付いてほしい”、“独り占めしたい”っていうめんどくさ~~~い人格の私もいて(笑)めっっっちゃ苦しかったです。喜怒哀楽全部大きくなってしまっていた。8.8はとにかく泣くことしかできなかった。

 

 

その気持ちが落ち着いたのが2020年のコロナ禍。ただ丈くんに会える幸せや、いつだってピースフルななにわ男子の素晴らしさを改めて感じて、シンプルに私は丈くんが大好きでずっと応援していたいんだなあと再確認できた期間だった。この時間があって本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

そして2021年7月28日。デビュー発表。

配信という形でその瞬間を見届けた。

発表されてからそれまでのことが走馬灯のように思い返されて、丈くん頑張った、私達オタクも頑張ったって涙が溢れた。これから先もずっと丈くんを応援できるんだって嬉しくて嬉しくて。たまらんわ。

それにしても、私も、長く応援しているお友達もみんな会場にいなくて、ほんとに変な感じだった(笑)いつかくるそのときはみんな会場にいると思ってたな~。その瞬間を生で見たかった気持ちはある。でもまあいいの。お友達にはこれから先も会場で会えるから。そして丈くんにはもっと素敵な景色をたくさん見せてもらうから!!

いや~~丈くんがデビューだって。5年前の私、デビューのデの時も口にできなかったよね?だって丈くんが関西Jr.を卒業する日は、私がヲタ卒する日だと思ってたもん。も~~ほんとに夢みたいだ。すごいぜ自担!!!よっ、最高の自担!!!(笑)

 

 

 

 

 

この先も一生丈くんの担当でいる!なんてことは言えません。もしもいつか丈くん以上に魅力的な人が現れて、その人をいちばんに応援したい、なんて思う日が来たら、そのときはきっぱり担降りすると思います。でもそれはこれまでもずっと思ってきたことで。担当してきたこの6年半、私にとっては丈くん以上の人なんていなかった。正直もうそろそろ丈くんしか見れない目になってきて、他の子を追う元気もないので(歳)、きっと最後の担当になるんだろうな~~となんとなくは思っています。丈くんはこれからますますお仕事頑張って輝く姿を見せてくれるんだろうなあ。楽しみ。

 

 

 

 

関西ジャニーズJr.の藤原丈一郎くん、思い出いっぱいのJr.担生活をありがとう。いつかの私は脆くて儚いJr.という世界に飛び込むことが怖くて散々悩んだけれど、丈くんの担当になれて本当に良かったと思っています。貴方じゃなかったら私はこんなに長く一途にJr.担できなかった。丈くんが歩んできた長い道のりを見守ってこれたこと、丈くんのおかげで見れた景色、丈くんを応援していることでできたお友達。全部全部かけがえのない宝物です。大好きな関西ジャニーズJr.の丈くんからもらった宝物全部抱きしめて、これからも着いていくよ。

 

 

最後に私が叶えたい夢。

1.丈くんの始球式を観に行く

2.丈くんのソロ曲を生で観る

3.帝国劇場の舞台に立つ丈くんを観に行く

いつか叶ったらいいな。

 

 

最後に、CDデビューおめでとうございます。

 

2021.11.11 うみ